2018年09月05日
台風一過 ~ そして習うということ
昨日の台風はすごかったですね。
特に風が強くて、うちはガレージのところに置いてる物置ロッカーが倒れて凹んでしまい使い物にならなくなりました。
これは倒れてたのを起こしたもの。

まぁ被害はこの程度で済んでよかったです。
ひどいところもあちこちであったようでお見舞い申し上げます。
・
・
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さてこのブログでも度々記してますが、楽器をプレイするにおいてはその練習の大事さは何においても一番のポイントになってます。
やはり練習しないことには上達しないですから。
この程度でいいやと思った時点で成長は止まってしまいますが、練習し続ければ上達はしていくので、もうこれで完璧なんてタイミングはありませんから、時間を見つけては出来ればそれよりさらに高度なことを目指して取り組むといいかと思います。
僕は教室もやってるのでビギナーの皆さんの様子はずっと見てます。
やはりそんな中で上達していかれる様は教える側としても嬉しいものですし、そんなところは本人にも伝えてます。
最初の頃なら全然出来なかったことも今なら普通に出来てしまうというのはビギナーの皆さんにおいては気付かずに普通にやられてる人も。
そんな時に「それって始めた頃に苦労してたやん」って伝えると「あ、そういえばそうだった」と、あらためて自身を見直されたりなんてこともあったりします。
毎日の積み重ねの大事さを思いますね。
逆にギターのレッスンなんかをやってると最初の頃は特に「先生、これが押さえられなくて私には才能がない」だとか「これは私には無理です」なんておっしゃるかたもおられたりします。
そんな時にいつも言うのは最初から出来る人はいませんって言葉。
まずは左手のコードフォームが出来ないという壁に皆さんぶち当たります。
でも考えてみてくださいよ。
日常の中にはない手の形を形成しないといけないのですから、そこは出来なくて当たり前なんです。
小さい頃から日常にいつもそういう手の形をしないと生活が出来ないなんて状態ならいざ知らず。
それこそ最初に皆さんが苦労するFコードのフォームなんて日常の中にはあり得ない手の形です。
だから出来なくて当然ですって伝えます。
出来ないから練習する。
でも簡単には出来ないので繰り返し繰り返し何度も同じことをやる。
そうするとそのうちに出来るようになりますから。
そんなことを伝えると出来ない自分を卑下したりしてる人も安堵されたりなんてこともあったりします。
教室のよさはそんなところにもありますね。
独学では壁に当たると乗り越えるのが困難な部分も、師事をあおぎ習うことですり抜けていけたりしますから。
独学でギターに取り組まれた人が「Fコードフォームが出来なくて挫折した」と自分の過去を言われたりするケースをよく見受けます。
そこはめげずに繰り返したらいつか出来るようになったはずなんですが、初心者がぶち当たった壁は、先の見えない大きな不安要素となり自分の中で自分には無理だと勝手に諦める方向にいっちゃってるケースなんです。
誰もその先がどうなっていくのか教えてくれる人がいないとその不安がどんどん広がっていきやめる選択をしてしまう。
もうあとどれくらいやればこうなるよ、だとかそれはこうしたらもう少しやりやすくなるよみたいなことを教えてもらえることは、人に習うことで得られる特権みたいなものです。
経費がかかるのはある意味大事なショートカット手段であるがゆえ。
お金をかけて困難をなるべく避けて進むのか、お金をかけないで自分の努力だけで乗り切るか。
でも強い精神力を持ち、大きな時間消費をものともしない人なら独学でいけるのでしょう。
挫折しやすい人はお金をかけることで前進しやすくなり挫折の確率を低く出来ます。
でもね、あらためて最近思うのは、やはり楽器を習熟するのは独学より習ったほうがいいってこと。
早く達成感を得られる。
そして不安感もかなり軽減できる。
その対価として経費が発生するのは致し方ないし、むしろ何かをモノにするのにそういった投資は惜しむべきではないと思っています。
僕もいまだにドラムは月1ですがレッスンを受けてますし、以前はピアノも習いにわざわざ京都まで行ってましたし。
これらのおかげで僕の器楽演奏技術は以前と比べて飛躍的によくなったとは思っています。
あ、あくまで前に比べてという話ではありますが。
でも一人でやってたのではここまで上達できてなかったであろうことは容易に想像がつきます。
何かをモノにするのに投資するのって本当に大事で必要なことだと思います。
惜しまずに投ずれば、きっと後年いい形になって自分に返ってきますから。
飛び込んでみましょうよ。
特に風が強くて、うちはガレージのところに置いてる物置ロッカーが倒れて凹んでしまい使い物にならなくなりました。
これは倒れてたのを起こしたもの。

まぁ被害はこの程度で済んでよかったです。
ひどいところもあちこちであったようでお見舞い申し上げます。
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さてこのブログでも度々記してますが、楽器をプレイするにおいてはその練習の大事さは何においても一番のポイントになってます。
やはり練習しないことには上達しないですから。
この程度でいいやと思った時点で成長は止まってしまいますが、練習し続ければ上達はしていくので、もうこれで完璧なんてタイミングはありませんから、時間を見つけては出来ればそれよりさらに高度なことを目指して取り組むといいかと思います。
僕は教室もやってるのでビギナーの皆さんの様子はずっと見てます。
やはりそんな中で上達していかれる様は教える側としても嬉しいものですし、そんなところは本人にも伝えてます。
最初の頃なら全然出来なかったことも今なら普通に出来てしまうというのはビギナーの皆さんにおいては気付かずに普通にやられてる人も。
そんな時に「それって始めた頃に苦労してたやん」って伝えると「あ、そういえばそうだった」と、あらためて自身を見直されたりなんてこともあったりします。
毎日の積み重ねの大事さを思いますね。
逆にギターのレッスンなんかをやってると最初の頃は特に「先生、これが押さえられなくて私には才能がない」だとか「これは私には無理です」なんておっしゃるかたもおられたりします。
そんな時にいつも言うのは最初から出来る人はいませんって言葉。
まずは左手のコードフォームが出来ないという壁に皆さんぶち当たります。
でも考えてみてくださいよ。
日常の中にはない手の形を形成しないといけないのですから、そこは出来なくて当たり前なんです。
小さい頃から日常にいつもそういう手の形をしないと生活が出来ないなんて状態ならいざ知らず。
それこそ最初に皆さんが苦労するFコードのフォームなんて日常の中にはあり得ない手の形です。
だから出来なくて当然ですって伝えます。
出来ないから練習する。
でも簡単には出来ないので繰り返し繰り返し何度も同じことをやる。
そうするとそのうちに出来るようになりますから。
そんなことを伝えると出来ない自分を卑下したりしてる人も安堵されたりなんてこともあったりします。
教室のよさはそんなところにもありますね。
独学では壁に当たると乗り越えるのが困難な部分も、師事をあおぎ習うことですり抜けていけたりしますから。
独学でギターに取り組まれた人が「Fコードフォームが出来なくて挫折した」と自分の過去を言われたりするケースをよく見受けます。
そこはめげずに繰り返したらいつか出来るようになったはずなんですが、初心者がぶち当たった壁は、先の見えない大きな不安要素となり自分の中で自分には無理だと勝手に諦める方向にいっちゃってるケースなんです。
誰もその先がどうなっていくのか教えてくれる人がいないとその不安がどんどん広がっていきやめる選択をしてしまう。
もうあとどれくらいやればこうなるよ、だとかそれはこうしたらもう少しやりやすくなるよみたいなことを教えてもらえることは、人に習うことで得られる特権みたいなものです。
経費がかかるのはある意味大事なショートカット手段であるがゆえ。
お金をかけて困難をなるべく避けて進むのか、お金をかけないで自分の努力だけで乗り切るか。
でも強い精神力を持ち、大きな時間消費をものともしない人なら独学でいけるのでしょう。
挫折しやすい人はお金をかけることで前進しやすくなり挫折の確率を低く出来ます。
でもね、あらためて最近思うのは、やはり楽器を習熟するのは独学より習ったほうがいいってこと。
早く達成感を得られる。
そして不安感もかなり軽減できる。
その対価として経費が発生するのは致し方ないし、むしろ何かをモノにするのにそういった投資は惜しむべきではないと思っています。
僕もいまだにドラムは月1ですがレッスンを受けてますし、以前はピアノも習いにわざわざ京都まで行ってましたし。
これらのおかげで僕の器楽演奏技術は以前と比べて飛躍的によくなったとは思っています。
あ、あくまで前に比べてという話ではありますが。
でも一人でやってたのではここまで上達できてなかったであろうことは容易に想像がつきます。
何かをモノにするのに投資するのって本当に大事で必要なことだと思います。
惜しまずに投ずれば、きっと後年いい形になって自分に返ってきますから。
飛び込んでみましょうよ。
Posted by
ハレオト
at
22:51
│徒然